与謝野晶子ネット日記&レポート

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2006,4,26 <ミキりん>プチ新婚旅行−三河屋旅館
2005,10,25 <ホームズ>新刊のご案内

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<ミキりん>プチ新婚旅行−三河屋旅館 2006,4,26
結婚後もそれぞれ仕事が忙しいため、とにかく先月末に1泊2日ですがプチ新婚旅行に
行ってきました。
行き先は昔の新婚旅行のような感じですが鎌倉と箱根にしました。
鎌倉では晶子の歌碑が傍らに建っている鎌倉大仏を見物しました。これにつきましては
しょうこからレポがあると思います。

今回の一番のお目当ては、鉄幹・晶子夫妻が宿泊した箱根小涌谷温泉の「三河屋旅館」
 (http://www.hakone-mikawaya.yad.jp/)での宿泊です。

三河屋旅館は明治18年(1883年)創業の温泉旅館で、鉄幹・晶子夫妻は昭和2年1月1日から
4連泊しています。その時の様子や歌は『明星』第十巻第二号に収録されています。当時
の建物で残っているのは本館入口と月梅館・松竹館、離れの九重荘です。今回はプチ新
婚旅行と言うこともあり、思い切って離れの九重荘に1フロアー貸切プランで宿泊しま
した。
三河屋旅館では竹久夢二や孫文が宿泊した旅館として認識されていました。関東にお住
まいの方はご覧になられているはずですが、最近では2005年秋の小田急ロマンスカーの
CMに離れの九重荘が登場しています。
(http://www.d-cue.com/romancecar/)九重荘は「明神」「明星」の2部屋があり、宿泊
したのは2階の「明神」でした。結局私達以外に宿泊者はおらず、実質は九重荘の貸切
でした。窓からは「明神山」「明星山」が良く見渡せます。もしかして雑誌「明星」の
由来はこの山だったりして…などと勝手に想像してしばし景色を楽しんでいました。季
節が合えば桜やツツジが綺麗です。部屋は天井が高く、当時の造りをそのまま残してあ
ります。文化財級の建築物のため、小学生以下は宿泊お断りだとか。孫文直筆の書をは
じめ、各所に美術品がさり気なく飾られています。風呂につきましては、現在の明るい
風呂場と比べると当然古さは否めません。しかし、深い浴槽や湯気が自然に抜ける唐傘
天井など、当時のままで良く残っていました。女将と話をしましたが、残念ながら鉄
幹・晶子夫妻が宿泊したと言うことについては認識はありませんでした。鉄幹・晶子は
同人達との宿泊だったことから、今回宿泊していない松竹館に宿泊していた可能性が高
いと思われます。しかし当時、連泊の場合は本館と離れを行き来して宿泊することが多
かったらしく、4連泊もしていると九重荘にも間違いなく来ているはずですとのことで
した。しょうこが雑誌「明星」に三河屋旅館が登場している部分や小涌谷温泉周辺を詠
んだ歌のコピーを渡して説明していました。三河屋旅館には当時の宿帳も全て保存され
ているらしいのですが、それを整理する人も時間も無いそうで大変残念がっておられま
した。
 
翌日には女将のご厚意で特別に松竹館を見学させて戴けました。
2階建ての建物に2間がセットになっている部屋が1フロアーに2部屋ずつあります。
九重荘は鉄幹・晶子夫妻が訪れた前の年の建築ですが、こちらは大正時代の建築です。
各部屋はこぢんまりとしていますが、吟行で長期滞在するには丁度良さそうな感じで
す。この一番いい部屋に鉄幹・晶子夫妻が宿泊し、こちらの部屋には同人達が控えてい
たのかなと想像していました。風呂は共同風呂になります。昨年改装されていますが、
極力当時の面影を残したつもりですとのことでした。

今回宿泊してつくづく思ったことがあります。このような旅館は連泊をして初めてその
良さが分かるのではないでしょうか。ビジネスホテルのように寝泊まりだけで終わらす
のは非常にもったいないと思います。旅館を楽しむと言う遊びが分かったような気がし
ました。たまには時間を忘れて過ごすのもいいですね。


2006/04/26(Wed) 00:09 No.1663


  →「自由掲示板」より一部転載させていただきました。


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